ペンテコステ、おめでとうございます。
今日の聖書箇所は、ペンテコステの日に最もよく読まれる聖書箇所の一つです。なぜなら、一回目のペンテコステ・聖霊降臨日の様子が描かれているからです。
まず、1~4節です。三つのことがおきます。まず一つ目は、「音」です。弟子たちが集まっている家全体に音が響き渡ります。そして二つ目に、炎のような下です。一人ひとりの上にとどまります。そして、三つ目、最後に、聖霊に満たされて、他の国々の言葉で話しだします。神の霊、聖霊がなさることですから、何があっても不思議ではありません。ただはっきりしていることは、ここで、バベルの塔(創世記11章)とは真逆のことが起こっています。私達人間の、神になろうとする傲慢さによって、人々の言葉は混乱して言葉が通じなくなります。そして塔の建設は中断してしまいます。ペンテコステでは、それとは逆のことが起こります。尤も言語が一つになって、協力しあうことができるようになるのではありません。弟子たちのほうが、様々な言葉で語りだします。そのことを考察するだけでも、様々な意味を見出すことができますが、今日は省きます。各自、思い巡らしてみてください。
その様子は、5~11節です。五旬祭は大きなお祭りなので、諸外国から人々が集まっているのかと思っていました。しかしここには、「住んでいた」(5節)とあります。この頃既に、様々な地域の人々がエルサレムに移り住んでいたことが分かります。
そして、彼らが語ったのは、「神の偉大な業」です。その中身が主イエス・キリストのことであるのは、次のペトロの説教から分かります。ここからはじまって、神の福音は世界中に(私達の所にまで)広がってきました。

