まず弟子たちは船出します。16・17節です。ここには主イエスはおられません。ひとりで山へ退かれたままです。主イエスは弟子たちに、先にカファルナウムに行っているように指示なさっていたのでしょう。弟子たちだけでの船出、そこには主イエスがおられないことから来るある種の緊張感があったのではないでしょうか。


 もう既に暗くなっています。弟子たちの乗った船は25から30スタディオン(1スタディオンは185メートル)も岸から離れています。恐らくカファルナウムまでの半分位まできていると思われます。18・19節です。この恐れは、神顕現への恐れです。神が現れることは、本来私達人間にとっては恐ろしいことです。だからこそ、主イエスは仰います。20・21節です。神(あるいは主イエス)が現れます。そして、「恐れるな」と声を掛けて頂きます。そうして神と私達の交わりが成り立ちます。


 ちなみにこの出来事は、過越祭の頃(5章1節)のことです。だからエジプト脱出のことを誰もが思い起こします。そしてエジプト脱出の出来事の最後は、カナン定着です。そこでは、モーセが彼の犯した罪のゆえに、約束の地に入ることが許されないで終ります。それに対して、今日の個所で弟子たちの船は、目的地に着きます。


 主イエスに従って歩むとき、私達は目的の地、目指す地に着きます。もちろん、私達はいつも途上にある者です。本当に目的地に着くのは、最後のときです。しかしそれ以前に、何度でも主イエスと共に歩む者として、小さな目的地(この個所ですと、対岸)に着きます。主イエスと共にこれからも歩んでいきましょう。