今日の聖書箇所は、主イエスが弟子たちと共にガリラヤに来まして、最初のしるしを行った箇所です。カナに行きますと、今は分かりませんが、26年前には、お土産として小さめのビンに入ったぶどう酒が売られていました。私は買いませんでしたが、買っている方々もあったようです。
結婚式がどのように祝われるかは、それぞれの文化や伝統において、異なってまいります。ただ、教会が結婚を司るようになったのは、中世以降のようです。そしてハレとケというものの見方でいいますと、現代のような「ハレ」になるものがたくさんあるような世界と異なり、かつては「結婚」が代表的な「ハレ」でした。日常(ケ)と異なる非日常としての「ハレ」を誰かの結婚を機会として喜び祝ったのです。
ですから当時、普段は飲めないぶどう酒を十分に用意して、お祝いの席も何日にも及んだそうです。インドやアフリカなどでは今でもそういう風習が残っているようです(青森での話…)。
そういう祝いの席でぶどう酒が足りなくなるというのは、主催者側にとっては大きな恥だったでしょう。だからこそ、2章1~8節です。主イエスと母マリアの対話からも様々なことを読み取ることができますが、今日は省きます。
そして最初のしるしがおきます。9~12節です。主イエスは、まだ自分の時が来ていないにもかかわらず、結婚の出来事が問題なく滞りなく進むように、整えて下さいます。主イエスは私達に何か大きな危機が迫った時に助けて下さるだけではなくて、様々な場面で手を差し伸べて下さいます。この主に信頼して歩みましょう。

