今日の聖書箇所は、ニコデモとの対話ですが、実際には、ニコデモとの対話だけを描いているわけではなくて、後半は、福音書記者の独白のようになっています。
まずニコデモがやってきます。1・2節です。「ある夜」というのは、様々な解釈があります。本来弟子が師に教わるのは、夜であったという説もあります。また、ニコデモは議員であったので、主イエスがすごい方だと思いつつも、昼間訪れて噂になってしまうことを恐れたという説もあります。「神が共におられるのでなければ」というのは、はっきりした告白です。
3~15節です。主イエスの「新たに生まれる」「水と霊から生まれる」というのが、ニコデモには分かりません。霊と風は、ヘブライ語でもギリシャ語でも同じ言葉です。風が自由に吹くように、神の霊も自由に生きて働きます。人の子、イエス・キリストが上げられるのは、十字架を表しています。
そして最後の段落です。16~21節です。神は、世を裁くためではなくて、世を愛されて、救う、永遠の命を与えるために、御子を世に遣わされました。しかしそれでもなお、裁かれないで救われる者たちと、裁かれる者がいます。その違いは、御子を信じる者とそうでないものの違いです。更に信じない者は既に裁かれています。
裁かれる者ではなくて、信じる者、それゆえに永遠の命を与えられて救われる者になりましょう。

