千葉市花見川区幕張町にあるプロテスタントのキリスト教会です。
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今週のメッセージ

救いが近づくときに(ルカによる福音書21章20~28節)

 今日の聖書箇所も前回の終末の話の続きです。前半は、エルサレム崩壊の時にどうしたらよいかが語られています。後半は人の子・主イエスが再びくることについて、です。  まず、前半20~24節です。何よりも勧められていることは、 …

弁明の準備はいらない(ルカによる福音書21章12~19節)

 今日の聖書箇所も前回の終末の話の続きです。今日は特に三つのことをみましょう。まず第一に「弁明の準備はいらない」です。12~15節です。 私達は様々な場面で不安になります。だから準備をします。信仰の弁明ならば、キリスト者 …

 終わりの予兆(ルカによる福音書21章5~11節)

 今日の聖書箇所から、終末の話がはじまります。まず,壮麗な神殿について話している人がいます。それに対して(彼らからすると)不吉な話を主イエスがなさいます。5・6節です。石が全て崩れる日がくるというのです。私達人間がこの世 …

レプトン2枚(ルカによる福音書20章45~21章4節)

 今日の聖書箇所は、二つの章にまたがっています。章や節は後の時代に便宜上つけられたものであって本来はありません。今日の聖書箇所の前半と後半も(18章のファリサイ派と徴税人ほどではありませんが)はっきりと対照をなしています …

ダビデの子?(ルカによる福音書20章41~44節)

 今日の説教題は、珍しく「?」をつけました。聖書箇所は短いのですけれども、解釈上、少し問題のある箇所です。41節と44節は、反語だと考えるのが自然です。つまり単純に、「ダビデの子なのか」という疑問ではなくて、いやダビデの …

生きている者の神(ルカによる福音書20章27~40節)

 今日の聖書箇所は、復活問答といわれる箇所です。復活があるのかないのかは、当時ユダヤ教の中で最も議論されていることの一つでした。といいますのも、当時ローマ帝国と強く結び付いていたサドカイ派の人々は、モーセ5書のみを聖書と …

神のものは神に(ルカによる福音書20章19~26節)

 前回(先週)の聖書箇所で既に、主人のものを自分たちのものにしようとする農夫たちの罪が描かれていました。それは、主人の愛する息子を殺すに至ります。神のものを自分のものだと主張する罪です。  今日の聖書箇所では、そのような …

ぶどう園の農夫(ルカによる福音書20章9~18節)

  今日の聖書箇所は、この福音書に描かれる最後の例え話です。主イエスが、これから十字架へと向かう中で、どんな思いでこの話をなさったのか、様々に思い巡らすこともできます。  この例え話自体は難しいものではありません。次々に …

何の権威で(ルカによる福音書20章1~8節

)  今日の聖書箇所は、いわゆる権威問答と呼ばれているものです。主イエスは前回の箇所で宮清めをなさいました。これは、当時の宗教的な権力者には、我慢ならないことです。なぜなら商売をする人々は、きちんと彼らの許可・認可のもと …

祈りの家と(ルカによる福音書19章41~48節)

 今日の聖書箇所前半では、いよいよエルサレムが見えてきます。41~44節です。ルカによる福音書の中で唯一主イエスが泣く、涙を流される箇所です。神の都であるはずのエルサレムが、平和への道をわきまえないからです。見えないから …

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