今日でペトロの手紙二は終ります。この手紙は偽預言者・偽教師に気を付けるべきことが語られていました。その関連で、新しい天と新しい地を、再臨と終末を、待ち望むべきことが語られていました。
特に前回は、13節です。そのことが今日の聖書箇所の最初にも触れられています。14節です。待ち望むのは、ただボーッと待ち望むのではありません。平和に過ごしていると神に認めて頂けるように励みます。それはただ退屈な待っているだけの時ではありません。終末が遅れていると捉えるのではなく、私達の救いとなる主の忍耐深さを救いと考えます。15節前半です。次にこの手紙の著者は、パウロの手紙に言及します。15節後半・16節です。


 パウロの手紙の中にも、パウロの手紙を曲解する人々の話も出てきます。例えば、パウロが「全ては自由だ」と語りますと、「何をしてもよいのだ」と誤解する人々がいます。(コリント10章23節など参照。)パウロの手紙に難しく理解しにくい箇所もあります。それで曲解して、滅びを招きます。


 17節です。聖書を間違って読めば、堅固な足場を失ってしまいます。だからこそ、私達は励むことが必要です。そうして私達は、堅固な足場に立って、成長していきます。再臨・終末が来るまで、私達は成長し続けます。


 最後は、頌栄の言葉です。18節です。私達の成長は、キリストと無関係のものではなくて、いつも、キリストの恵みと知識におけるものです。


 今日からはじまる新しい一週間も、再臨・終末がまだまだ来ないと油断してすごすのではなく、いつ来てもよいように、成長しつつ歩もうではありませんか。