今日からしばらくの間、ペトロの手紙を読んでいきたいと思います。まずこの手紙の著者ですが、分かりません。


 例えばパウロの手紙ですが、パウロの名前を冠した手紙の内、7つは間違いなくパウロの手紙だと考えられています(ローマ、コリント一、コリント二、ガラテヤ、フィリピ。テサロニケ一。フィレモン)。


 同様に、ペトロの手紙も、誰が書いたのか、正確には分かりません。実際にペトロが書いたという説から、2世紀ごろに書かれたという説まであります。特定することはできません。しかし、シルワノ(シラス)がペトロの指導のもとに書いた(5章12節)と素直に読むこともできます。時期としては、パウロの殉教とペトロの殉教の間位のことでしょうか。皆さんご存じのように、ペトロはもともとガリラヤの漁師であって、外国語に堪能ではなかったと思われます。しかしこの手紙は、(私にはよく分からないのですが)美しいギリシャ語で書かれています。だから、ペトロの意を酌んで、弟子の一人が書いたと考えるのが妥当でしょう。


 手紙の宛て名人は、1節にあるように、諸教会です。1節です。彼らの特徴として、「離散」「仮住まい」「選ばれた」があります。この中でも中心になるのが、「選ばれた」です。彼らが(そして私達が)なぜ離散の、また仮住まいであるかといえば、神によって選ばれたからです。この離散の(ディアスポラ)という言葉は、ユダヤ人に使われる言葉でした。そしてそれが、私達キリスト者の自覚になっていきました。私達の本国・国籍は天にあるのですから、生まれてから死ぬまで一つの場所にいたとしても、この地上では、私達は「離散」「仮住まい」です。


 そして選ばれたことを更に丁寧にペトロは語ります。2節です。そこには、四つの要素があります。私達がイニシアティブをとるのではなくて、神の選びです。そして聖霊の働きがあって、私達はキリストに従い、血を注ぎかけて頂きます。恵みと平和が求められて、挨拶は閉じます。