前回でペトロの手紙二は終りました。今日は棕櫚の主日であり、教団の聖書日課によって聖書箇所を選びました。
まずこの手紙の特徴として、二つのことが言われます。まず獄中書簡であることです。パウロの手紙の中で幾つかある獄中で書かれた手紙です。この手紙では、釈放されるかもしれないし、死刑になるかもしれない様子が描かれています。
今一つの特徴は、「喜びの手紙」だということです。パウロは、たとえ自分が死刑で殺されるとしても「喜びなさい」とフィリピの教会の人々に勧めます。この獄中書簡と喜びの書簡の基礎にあるのは、パウロとフィリピの教会の特別な関係です。パウロは、他の教会と異なり、フィリピの教会からは経済的な援助を受けていました。それでもしばらく援助が途絶えていて、獄中にいるパウロにフィリピの教会は援助を再開してくれました。そのフィリピの教会には、党派争いのようなことがあって、パウロは今日の聖書箇所の直前に、一つの心であることを勧めています。お互いに相手を自分よりも優れた者だと思うことから、健全な関係ははじまります。
そしてそのような謙遜な態度は、まず誰よりもキリストにもみられたものです。5~8節です。神(の子)であるにもかかわらず、キリストはそれに固執しないで、私達と同じ人間になられました。このキリストを見習うときに、私達も信実な謙遜を生きます。主イエスのように死に至るまでの従順は無理かもしれませんが、私達は私達なりに、神への従順を身につけます。そして、主イエスが神によって特別な立場になったように、私達も神に用いられます。最後に、9~11節です。私達も「イエス・キリストは主である」と公に告白していきましょう。

