今日の聖書箇所については既に昨年12月11日に聴きました。ペトロの手紙一が終って、二回教団聖書日課で説教したときです。アドベントでしたので、特に最初の8節を中心に御言葉に聴きました。私達と神様の時間感覚の違いが中心でした。例えばそのときに参照したのはエジプト脱出の出来事です。私達にとって、80年はかなり長い年月ですが、神がヘブライ人の祈りを聞くまでにはそれだけの時間がかかりました。8・9節です。私達が皆悔い改めるにようにと、主は忍耐しておられます。


 そして、主の日、神の日は、盗人のように突然に来ます。10~12節です。すべてのものは滅び去ります。だからこそ、私達は聖なる信心深い生活を送らなければなりません。それがどのような生活であるかは描かれていません。ただ一つはっきりしていることは、そのような主の日、神の日を待ち望むだけではなくて、早く来るようにすべきです。そこには様々なことがありますが、今日の箇所から分かることは二つです。まず第一に、一人でも多くの人が救われるように、人々を悔い改めに誘うことです。そして今一つは、私達自身が聖なる信心深い生活を送ることです。


 主の日、神の日がいつ来るかは、私達には分かりません。更に、お決めになるのは、父なる神です。私達は一秒たりとも早くすることはできないかもしれません。しかしそれでも、私達は新しい天と新しい地を待ち望み続けます。13節です。


 ここでのポイントは二つあります。一つは、「義の宿る」です。不正や不義がはびこっているこの世界で今、私達は神の義が宿る世界を待ち望みます。そして、第二に、この新しい天と地は、絵空事ではなくて、神の約束です。