前回は、最高法院での裁判でした。当時の裁判の仕組みについてはよく分からない部分もあるのですが、最高法院には、死刑の判決を下す権限がなかったと言われます。それだから彼らは、死刑判決を下す権限のある総督ビラトのもとに主イエスを連れて行きます。1・2節です。最初の「全会衆」がどういう範囲の人々なのか分かりません。しかし雰囲気としては、その場にいた全ての人々が、ということでしょう。人々は、主イエスについてあることないこと訴えます。しかしピラトの判断は、無罪です。3・4節。 ビラとは、ユダヤ人の宗教的な事柄には無関心です。ただ、政治的にローマ体制に抗うかどうかだけが問題です。そして主イエスには、そういう反体制的なものを見出しませんでした。主イエスは多くの人々の病を癒し、神の国について語りましたが、ローマ帝国に反するような言動はありません。それでも、彼らは言い張ります。5節です。
ピラトは、主イエスの無罪判断(というよりは自分の正義)とユダヤの人々におもねる気持ちとの間で判断ができません。ヘロデに丸投げします。6~9節です。ヘロデは、喜びます。しかし彼が望んでいたのは、神の言葉や神の福音ではなくて、しるしを見たがっていました。権力者としてヘロデは、主イエスに様々な尋問をしますが、主イエスは沈黙を貫きます。人々が騒ぎ立てる中、主イエスは黙っています。10・11節です。あざけり、侮辱、派手な服と様々にひどいことをします。そしてピラトのもとに送り返します。12節。悪人同士が共通の相手によって、仲良くなる、実際にこの世界であることです。この箇所で、主イエスは、様々な形で権力者たちに反論することはできたでしょう。しかし沈黙し続けることで、神の御旨に従います。
私達も、祈りにおいて聖霊に尋ねましょう。今は沈黙すべきときか、主張すべきときか。そして人間的な計算ではなくて、神の御旨に従いましょう。

