今回は23章13節から24章12節まで、ちょうど1章分を飛ばしました。それは次回のレント・イースターにその箇所を読もうと考えたからです。そして今日の箇所は、復活の後、これもとても有名なエマオへの途上の物語です。エマオという村に二人の弟子が歩いていきます。そこへ主イエスが近づいてきます。13~15節です。この60スタディオンという距離はおおよそ12キロほどです。


 二人は近づいてきた方が誰であるか、分かりません。二人の目が遮られていたからです。16・17節です。なぜ暗い顔をしたのかといえば、恐らく十字架によって主イエスが奪い去られた恐れ、悲嘆からでしょう。


 18節から、主に二人の言葉で、主イエスの逮捕・十字架、そして遺体がなくなっていて、女たちからの天使の言葉の報告です。18~24節です。仲間の者たちが、お墓まで確認に言ったけれども、本当に遺体はなかったのです。


 それでは、この二人は、主イエスの復活を信じることができたのでしょうか。最後の主イエスの言葉をみるとそうではないようです。


 25~27節です。創世記からの5書はかつてはモーセが書いたと信じられていましたから、旧約聖書全体といえます。27節の「聖書全体」とは、当時は新約聖書がまだありませんでしたから、旧約聖書です。旧約聖書が、主イエスご自身について書かれたのだということを丁寧に教えました。私達は今、説教という仕方で聖書に書かれていることを丁寧にお話しし、聴きます。しかし主イエスご自身が説明してくださるというのは、実に素晴らしい贅沢なことではないでしょうか。


 主イエスの十字架の事実に打ちのめされてエマオへ帰ろうとする弟子たちに主イエスは寄り添って説き明かし、彼らを今一度立ち上がらせてくださいます。私達もまた、どんなに絶望に打ちのめされてしまうときにも、いつも共に寄り添って下さる主イエスと共に歩いていきましょう。